福岡に根差したクラブ!J1での定着を目指すアビスパ福岡

九州には様々な特長や経歴を持ったJリーグのクラブが存在しており、その中でも福岡県にあるJリーグのクラブとして、「アビスパ福岡」があります。

1982年創部の中央防犯サッカー部が前身で、1994年にJリーグに準加盟、1996年に加盟し、ホームスタジアムはレベルファイブスタジアムです。

チーム名の「アビスパ」は、スペイン語で「スズメバチ」という意味があり、蜂が持つ集団的行動や俊敏性を生かした攻撃が、チームが目指すべきスタイルだという意味も込められています。

運営会社に出資している団体の多くは福岡市を拠点あるいは福岡が発祥の企業で、クラブの母体である中央防犯との縁から、セコムも主要株主に入っています。

1982年に静岡県藤枝市で前身となる中央防犯サッカー部が創部され、1994年に中央防犯FC藤枝ブルックスに改称し、Jリーグの準会員になりました。

しかし、当時の藤枝市にはJリーグの基準を満たすスタジアムがなかったため、当時Jリーグクラブの誘致を行っていた福岡市の要請を受けて、1995年に福岡市をホームタウンにする「福岡ブルックス」になりました。

1995年のJFLでは優勝争いを繰り広げ、見事に年間優勝を果たし、Jリーグの加盟に合わせて現在の名称に変更しました。

1996年のJリーグでは、成績が低迷しリーグでは下位の成績が続き、1998年のJ1参入決定戦に参加した際は、対戦相手に勝利を重ね、J1残留を果たします。

1999年からJ1でプレーしますが、前年までの状況を払しょくできず低迷が続き、2000年は徹底したトレーニングが功を制し6位の成績となりました。

しかし、2001年になるとまた低迷するようになり、J2降格が決まり、2002年からはJ2でプレーすることになり、大変な状況になります。

2002年からはJ1昇格を目標に取り組みますが、成績は上位に入りながらも苦戦が続き、なかなか昇格ができない状況が続きました。

2004年には入れ替え戦に進出しますが敗退し昇格できず、2005年には自動昇格圏内に入り、5年ぶりのJ1昇格を果たしました。

2006年はJ1でプレーすることになり、残留を目指して取り組んできましたが、不調が続く結果となり、1年でJ2降格が決まりました。

2007年からはJ2でプレーしながらJ1昇格を目指す取り組みをしてきましたが、J2で苦戦を強いられるようになり、なかなか昇格できずにいました。

2011年にまたしてもJ1でプレーしますが、低迷が続く結果となり、1年で降格になり、またしてもJ2でプレーすることになりました。

2012年のJ2では昇格とは程遠い下位の成績が続くようになりますが、2015年にはチームの状況を見事に立て直し、昇格プレーオフで優勝し、J1昇格を果たしました。

2016年はJ1でプレーしますが、低迷が続いたことから1年でJ2降格が決まり、2017年は再び昇格できるような戦いを見せています。